2017年7月14日 (金)

焼け焦げた写真と陽気な寄せ書き

應義塾と戦争」アーカイブ・プロジェクトの一つの強い自覚は、学生の意識や実態の多様性です。

今回展示した資料中に、野球部OBの松澤喜三郎さんがお持ちだった、軍隊入隊時の友人たちの寄せ書き帳があります。ここに書き込まれた野球部の仲間やクラスメイトと思われる友人たちの書き込みは、いわゆる「体育会系」のノリ。かわいいイラストあり(当時の学生のなかなかの多芸も興味深い)、「恋」の話題あり、かと思えば、ロンドンやワシントンまで爆撃しようという勇ましいものまで。見開きしか展示できないのは惜しいので、コピーを壁に多数展示しました。

H75s2332ws4-06 軍隊入隊前の寄書帳(松澤喜三郎旧蔵)(昭和19年陸軍入隊、昭和23年卒)

その隣には、縁が焼け焦げた写真が3枚。こちらは篠崎俊二さんのご遺族より。篠崎さんは学徒出陣で海軍に入隊、飛行予備学生で零戦の操縦員となり、昭和20年4月14日神風特別攻撃隊第一昭和隊員として鹿屋を出撃するときに、爆弾が外れて滑走路上で爆死されています。その上ご自宅も空襲で全焼。この3枚の写真は空襲をくぐって母が守って残ったわずか3枚の篠崎さんの写真というものです。H75s2120ws4-07 空襲による焼損がある篠崎俊二の写真(昭和18年海軍入隊、昭和20年戦死)

2017年7月 7日 (金)

プロジェクトの収集品を展示中

しばらくブログの更新が止まっており申し訳ありません。もちろん活動は継続しております。

現在三田キャンパス図書館(新館)展示室で、福沢研究センターの新収蔵資料の展示を行っております。開催データは下記の通りですが、展示の半分以上は戦争プロジェクトの収集資料と位置づけられるものです。そのうちいくつかをこのブログでも紹介したいと思っています。

とりあえず、最も目を引く展示品はこちら。

H75s2068w1952年のヘルシンキオリンピックで、北野祐秀さん(昭和29年経済学部卒、レスリング部)が獲得された銀メダルです。このメダルは戦争と関係がなさそうですが、「日本が独立回復後に最初に獲得したオリンピックメダル」です。こう書きますと、俄然戦争プロジェクトらしくなります。ぜひお越し下さい。

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「福澤諭吉・慶應義塾史 新収資料展
-歴史資料を通して見る慶應義塾の人と教育」

展示期間: 2017年7月3日(月)~8月5日(土)                            
展示場所:

慶應義塾図書館(新館)1階展示室 (開室時間 平日:9:00-18:20 土曜:9:00-16:50)
※日・祝日 休館
※一般の方も見学可能です(入場無料)

ギャラリートーク:

下記の日程でギャラリートークを行います。(講師:福澤研究センター 准教授 都倉 武之 )
7月26日(水) 14:45 -
8月4日(金) 14:45 -

主な展示資料:

・長沼事件関係福澤諭吉自筆資料
・日露戦争で捕虜となった塾員・栗田宗次関係資料
・「慶應義塾と戦争」アーカイブ・プロジェクト収集資料
-学徒出陣に際しての塾生の日記、写真アルバム、戦歿塾生の遺品
-藤原工業大学関係資料
・高橋誠一郎文部大臣関係資料

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2016年12月 8日 (木)

旧図書館前のヒマラヤスギ伐採

慶應義塾図書館旧館(通称:旧図書館)の玄関脇に生えていたヒマラヤスギが昨日と今日で完全に伐採されました。もう1本右脇の文学の丘の手前に生えているものも間もなく伐採されると聞いています。旧図書館の免震工事に向けたやむを得ない判断と聞いています。残念ではありますが、移植も困難といわざるを得ない立地と大きさです。下の画像はほぼ同時刻のbefore after。

1481162709938↑12月8日午前10時30分      ↓12月6日午前10時1481162877438

これらのヒマラヤスギは、明治45年(1912年)の開館時に植えられたものではなく、関東大震災後に大規模な修繕を行い、書庫も増築した際、植えられたもののようです。昭和2年に書庫を増築、昭和3年に修繕が完了した時の写真には写っていませんが、昭和9年の写真には写っています。

Pf006997昭和3年大規模修繕完了時。左端の三角屋根の書庫が前年に増築された。

Pf006998昭和9年の卒業アルバムより。ずらりとヒマラヤスギが植えられているようにみえる。なお、昭和7年の卒アルにすでにヒマラヤスギが写っています。

この頃、校舎の脇にヒマラヤスギを植えることが多く行われていて、日吉の慶應高校校舎前にもこの頃植えられたものがありますし、信濃町も北里図書館や病院別館の跡地(現3号館)にも生えています。

なお、当初は反対側にも数本生えていたようですが(玄関を挿んで2本ずつ?)、その後枯れたのか伐採されたのか、昭和14年の写真にはもうないようです。旧図書館が空襲で被災した際もこのヒマラヤスギは生き残ります。この頃は玄関脇に2本写っています。戦後のある時期にもう一本は枯れてしまったのでしょうか。

Pf010751_2空襲から数年。雨ざらしの焼け跡のころ。右に2本生えている。

この木は1930年前後から90年近くこのキャンパスを見守ってきたことになります。伐採された木は一部を何らかの形で再利用することを検討中とのことです。

2016年7月 6日 (水)

ギャラリートークの予定

「慶應義塾福沢研究センター所蔵 福沢諭吉・慶應義塾史新収資料展」にてギャラリートークを行います。

2016年7月13日(水)14時40分から(30分程度)
2016年7月22日(金)14時40分から(30分程度)

いずれも当日、三田の図書館新館展示室に直接お集まり下さい。

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2016年7月 1日 (金)

資料展示が始まりました。

三田の慶應義塾図書館新館1階展示室で、「慶應義塾福沢研究センター所蔵 福沢諭吉・慶應義塾史新収資料展」が始まりました。会期は7月1日~30日(日祝休館)です。

今回はこれまでのような戦争一色の展示では無く、福沢諭吉自筆資料や、福沢著作の版木、その他慶應義塾史に関連する資料も展示していますが、戦争関係が3分の1以上を占めています。また、これまではディスプレイの専門業者にお手伝いいただいていましたが、今回は完全に学生・院生と完成させた展示会場です。

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展示会場の当プロジェクトのコーナーでひときわ目立つ日章旗は、これまでの展示に毎度ありましたが、欠かせなかった塾長小泉信三の署名がありません。そのかわり別のある人物の署名が一つだけあります。かなりの珍品と自負しています。さあ、誰の署名でしょうか。

そしてもう一つ目立つのが、グーテンベルク聖書用の展示ケースに鎮座まします、「シャコ貝」です。この巨大な貝殻は、昭和15年7月の野球部ハワイ遠征の際に持ち帰られ、予科教員の亀井常蔵氏に贈られたもの。真珠湾攻撃の1年前でもこういった交流があったことは少々驚きです。

ハワイでは日系人チームや現地人チームなどと盛んに試合を行ったようですが、到着後最初の試合は米海軍とのものだったようです。翌日の読売新聞の見出しが面白いです。「慶應、米海軍を破る」。この20キロ以上ある貝殻を、持ち帰った野球部員も野球部員ですが(親しい先生への土産というか冗談だったのでしょう)、それを70年間保管していた方も保管していた方です。真珠湾攻撃前夜の日布交流を伝えるこの遺物は、法学部教授亀井源太郎先生から寄贈されました。

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その他には福沢諭吉関係の資料も充実して見応えがあると思います。どうぞ足をお運び下さい。

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